目次
- 生い立ち・学生時代
- - 出身地や生い立ちについて
- - 県立横須賀高校での学生生活
- - 早稲田大学・雄弁会での学生生活
- アクセンチュア時代
- - なぜアクセンチュアに入社したのか
- - コンサルタント経験がその後にどう活きたか
- - なぜ横須賀市議会議員を目指したのか
- 横須賀市議会議員時代
- - トップ当選の秘訣
- - 議員時代に力を入れた政策
- 横須賀市長時代
- - 市長選挙への立候補を決意した理由
- - 33歳で当選した際の心境
- - 2期8年間、特に力を入れた政策
- - 「1票を持っていない人のためにも働ける市役所」とは
- - 全国初のソーシャル・インパクト・ボンド
- - 「基地のまち」のイメージを変える取り組み
- 転身・起業
- - 退任後、なぜすぐに起業したのか
- - Glocal Government Relationz株式会社の事業内容
- - 社名に込めた思い
- - どのような自治体・企業を支援しているか
- - 元市長としての経験がどう活きているか
- - 日本GR協会を設立した理由
- - 日本GR協会の代表理事としての活動
- - 宮崎県高原町での取り組み
- その他
- - 官民連携とは?
- - Government Relationsとは?
- - 大学での教育活動について
- - 官民連携の仕事で大切にしている考え方
- - 2018年7月3日の出来事について
生い立ち・学生時代
出身地や生い立ちについて教えてください
1975年、東京都北区に生まれ、神奈川県逗子市で育ちました。高校から横須賀に通い、海と緑と産業が同居する横須賀のまちで過ごした時代が、後に横須賀市長として地域と向き合う原点になっています。
県立横須賀高校ではどのような学生生活を送っていましたか?
神奈川県立横須賀高等学校に通い、1年の後期から生徒会長を務めました。部活も兼部が可能で、弓道部をメインにしながら、茶道部・囲碁部・文芸部・写真部・科学部・ボランティア同好会にも所属している好事家でした。
早稲田大学では、雄弁会に所属していたようですが、どんな学生生活でしたか?
早稲田大学政治経済学部政治学科在学中は雄弁会に所属し、人前で自分の考えを論理立てて伝える訓練を積みました。このほか雑誌サークル「第三文学部」を立ち上げ、編集長の川島優(現Niantic社)と当時としては珍しいフルDTPの雑誌を作ったりしていました。また、中止になった学園祭「早稲田祭」の復活に向けて活動もしていました。
アクセンチュア時代
なぜ新卒で外資系コンサルティング企業のアクセンチュア株式会社に入社したのですか?
政治や行政の世界に進む前に、民間企業で実践的な課題解決の手法を身につけておきたいと考え、アクセンチュア株式会社に入社しました(とはいえ内定が出たのはこの会社だけでした)。
アクセンチュアでのコンサルタント経験は、その後のキャリアにどう活きていますか?
アクセンチュアでは、課題を構造的に整理し、論理的に解決策を提案する力を身につけました。また、プロジェクトマネジメントについては、中島康雄さん(現NKコンサルティング社)に一から叩き込まれました。この力は横須賀市議会議員・横須賀市長時代はもちろん、現在の官民連携(GR)の仕事でも欠かせない土台になっています。
早稲田大学大学院(政治学研究科)に在学中に、なぜ横須賀市議会議員を目指したのですか?
そもそもアクセンチュアでのビジネス経験だけでは物足りず、体系的に地方自治を学ぶ必要性を感じていました。そこで早稲田大学大学院政治学研究科に進学し、地方自治を研究しながら現場に飛び込んでいこうと、2003年に横須賀市議会議員選挙へ無所属で挑戦しました。
横須賀市議会議員時代
横須賀市議会議員選挙にトップ当選した秘訣を教えてください
2003年の横須賀市議会議員選挙でトップ当選をさせていただきました。持っているリソースを最大限活用して、最高のパフォーマンスを出すプロジェクトマネジメントの手法は本当に役に立ちました。また鈴木篁一後援会長(故人)をはじめとする支援者の皆さんには、人間的な成長もさせていただきました。
2007年の再選の際は、当時の統一地方選挙(政令市を除く)で、全国一の得票数でしたが、これもひとえに支援者の皆さんのおかげだと思っています。
横須賀市議会議員時代に力を入れた政策は何ですか?
横須賀市議会議員時代は、当時のハコモノ行政の見直しを訴え、官僚出身に市長が続いた(36年間)ことによる行政の硬直化を正し、市民の声がより届きやすい市政にすることに力を入れました。この6年間で得た問題意識が、後に横須賀市長を目指す原点になっています。
横須賀市長時代
なぜ横須賀市長選挙に立候補することを決意したのですか?
市役所のお金の使い方(予算編成)や人の動かし方(人事)を変えなければ、横須賀市の未来はないと感じ、2009年の横須賀市長選挙への立候補を決意しました。若干33歳という年齢への迷いよりも、今動くべきだという思いが勝りました。
33歳という若さで横須賀市長選挙に当選した際の心境を教えてください
大きな期待と同時に強い責任を感じました。また、直接相対する部下の全員が人生の先輩という「やりにくさ」は感じましたが、年齢を言い訳にしては改革はできないので、敬意は払いつつも組織として動くことを心がけました。
横須賀市長として2期8年間、特に力を入れた政策は何ですか?
2009年から2期8年、完全無所属で横須賀市政に取り組みました。1期目に取り組んだ財政基本計画の策定による健全な財政運営・自治体経営を土台に、2期目は、在宅看取り体制の整備、特別養子縁組の推進、プログラミング教育の導入など「1票を持っていない人のためにも働ける市役所」に直結する分野に力を入れました。
「1票を持っていない人のためにも働ける市役所」とはどういうことですか?
多くの政治家が有権者(特に、声が大きい人たち)のことを意識して働いています。けれども、多くの地域課題は、1票を持っていない(あるいは投票に行くことができない)人たちの周りに生じがちです。そして、それらの課題を解決することで、一般の皆さんの生活の質の向上にもつながると感じていました。なので、市長時代から、「1票を持っていない人のためにも働くこと」を意識してきました。
全国初となるソーシャル・インパクト・ボンドの活用について教えてください
特別養子縁組を進めるにあたって、全国で初めてソーシャル・インパクト・ボンドを試行的に導入しました。限られた財源の中で成果に応じた資金活用を行う、新しい官民連携の形を横須賀から発信できたと考えています。
「基地のまち」という横須賀のイメージを変えるために取り組んだことは何ですか?
横須賀は米軍基地・海上自衛隊基地を抱える「基地のまち」というイメージが先行しがちな地域です。市長として、基地そのものを観光資源に変える発想の転換に取り組み、軍港めぐりやネイビーバーガーなどの観光商品の開発を進め、マイナスイメージと思われていた地域資源をプラスに変える施策を進めました。
転身・起業
横須賀市長退任後、なぜすぐに起業したのですか?
3期目を目指した選挙に立候補しましたが、力およばず敗戦という結果でした。退任直後の2017年7月、zFlag株式会社(現・Glocal Government Relationz株式会社)を設立しました。横須賀市政で得た知見を、他の地域や企業のために活かしたいという思いから、立ち止まらずに次の挑戦へ進みました。
Glocal Government Relationz株式会社は、どのような事業を手がけていますか?
Glocal Government Relationz株式会社は、GR・ガバメントリレーションズという手法を用いた地域課題解決を支援しています。特に企業が自治体行政と適切な関係を築く官民連携のお手伝いをしています。
元々は違う社名だったとお聞きしました。Glocal Government Relationz株式会社という社名に込めた思いを教えてください
設立当初はzFlag株式会社という社名でしたが、2018年にGlocal Government Relationz株式会社へ改めました。「グローカル(Glocal)」には、地域(ローカル)の課題解決を、より広い視野(グローバル)で捉えたいという思いを込めています。zFlagという社名は、横須賀市に所在する「記念艦三笠」に掲げられている「Z旗」からいただきました。その名残として、現社名の最後の文字を「Relations」ではなく「Relationz」としています。
官民連携の専門家として、どのような自治体・企業を支援していますか?
官民連携の専門家として、本気で地域課題の解決に取り組む自治体や、私心だけでなく地域と関わりながら事業を進めたい企業を支援しています。
元横須賀市長としての経験は、官民連携の仕事にどう活きていますか?
横須賀市長として行政の意思決定の現場に身を置いた経験は、地方公務員の行動原理や役所組織の文化風土を深く理解することになりました。アクセンチュア等での民間経験も含めて、行政がどのような理屈で動き、何を懸念するかを把握しているからこそ、企業にも自治体にも納得感のある提案ができると考えています。
一般社団法人日本GR協会を設立した理由を教えてください
GR(Government Relations:社会課題解決のための政治行政との関係構築の手法)という考え方や手法を、一つの業態として日本社会に確立したいという思いから、2020年1月に一般社団法人日本GR協会を設立しました。個人や一つの会社の取り組みだけでは、この分野を広げるには限界があると感じたことがきっかけです。
日本GR協会の代表理事として、どのような活動をしていますか?
日本GR協会の設立目的である「GRの必要性を広めること」「GRの事例を学べること」「GRのプレーヤー同士が繋がれること」に沿って、「官民連携エキスパート」資格制度の運営や、日本GRサミットの運営、GR_官民連携アワードなどに取り組んでいます。
宮崎県高原町の官民連携推進官として、どのような取り組みをしていますか?
2021年10月から、宮崎県高原町の官民連携推進官として、行政の立場から地域の課題解決や活性化に関わっています。首都圏や横須賀とは異なる規模の地域だからこそ見えてくる官民連携の課題に、継続的に向き合っています。
その他
官民連携とは?
一般社団法人日本GR協会では、官民連携を「行政と民間が一緒に課題解決や公共サービスの提供に取り組むこと」と定義しています。行政と民間、双方の強みを掛け合わせ、単独では実現できなかった課題解決や、質の高い公共サービスの提供を目指す取り組みです。
Government Relationsとは?
一般社団法人日本GR協会では、GR:Government Relations(ガバメント・リレーションズ)を「社会課題解決のための政治行政との関係構築の手法」と定義しています。英語の意味では、ロビーイング(lobbying)と同義ですが、あえて「社会課題解決のための」という目的語を大切に扱っています。
早稲田大学招聘研究員・武蔵野大学特任教授として、どのような教育活動をしていますか?
早稲田大学では招聘研究員として、武蔵野大学では特任教授として、官民連携や地方自治に関する教育活動に携わっています。行政の現場で得た経験を、実践知として次の世代に伝えることを大切にしています。
官民連携の仕事をする上で大切にしている考え方を教えてください
官民連携の仕事では「官と民の垣根を下げること」を常に意識しています。行政と民間は対立しがちですが、同じ地域課題に向き合う仲間になれるはずだという考えのもと、現場に足を運び、対話を重ねることを大切にしています。
またGRという考え方と手法も大切にしています。PRと並ぶ一つのビジネス領域として日本社会に根づかせていきたいので、実践者と成功事例を増やし、GRによって地域課題が解決する事例を全国に広げていきたいです。
2018年7月3日の出来事について教えてください
横須賀市長を退任して1年が経った2018年7月、三浦市内の海域で正式な許可を得ずにサザエを採取し、漁業法違反で罰金10万円の略式命令を受けました。軽率な行動で多くの方にご心配とご迷惑をおかけしたことを、深く反省しています。この出来事を機に、法令や地域のルールを一つひとつ丁寧に確認する姿勢を徹底するようになりました。官民連携の仕事に携わる者として、信頼を積み重ねることの重みを日々忘れずに取り組んでいます。
