活動日記

都城市:大学誘致の取り組み

2008年6月20日視察・出張

■視察先:宮崎県都城市大学設置推進事務局
■視察項目:大学誘致事業について
■対応していただいた方:大学設置推進事務局長 石川清さま、参事(課長)柿木一範さま
■議会事務局の方:次長 坂元昭夫さま、議事担当副主幹 川島和之さま
■視察日時:2008年5月2日 13:30~15:30
■ねらい
横須賀市にある特色ある大学の多くは、誘致活動の結果としてあるものではなく、先方の意向に基づいて設立されてきた経緯がある。しかし、看護大学校の進出案件や、市立横須賀高校跡地への高校進出案件がある中で、市としても積極的な誘致活動を行う必要があるのではないかという問題意識のもと、その手法やタイミング、誘致のための補助メニューなどをお聞きしたい。
■視察の状況
都城市役所前にて、市議会事務局川島さまに出迎えられて、大学設置推進事務局会議室にて、大学設置推進事務局石川さま、柿木さまより、ご説明をいただいた。
その後、市議会事務局へ移り坂元さまと面会し、議場を見学させていただいた。
■大学誘致の経緯
大学空白自治体だったため、誘致は長年の悲願であった。
平成3年に、宮崎産業経済大学に都城キャンパスを設置し経済学部経済学科100名。観光経済学科100名が誘致された。一時期2000名まで増えた学生であったが、平成10年には定員割れに。平成12年に理事会で、撤退決定をし、平成16年3月に閉鎖された。
その大学に対して、キャンパス設置補助金として28億5千万円を拠出し市がハード面の整備を行っていた。県の土地であったものを市が割安(県の支援の一つ)で払い下げを受けて、提供していた。
その大学の閉鎖を受けて、土地・建物を返還してもらい、再誘致に向けて運動を開始した。
平成15年9月大学設置推進事務局をつくり、部長級を局長として委嘱した。各種法人をまわって、交渉をしてきたが、なかなかかみ合わず決まらなかった。市長のトップセールスもずいぶんと行った。市としては、平成18年9月をめどにしていた。平成17年秋口から平成18年の3月頃まで、徳州会が看護大学を作るという話もあったが、市長判断で交渉を打ち切った。交渉を行った大学数は、5,6大学。九州だけではなく、全国大学。獣医系や薬学部系も回っている。
平成18年7月に、宮崎県の高鍋町にあった南九州学園(園芸が専門の大学、西本唯一の農業系の大学)から、ホームページをみて大学トップから電話があった。交渉の結果、平成18年8月30日に合意書を結び、平成19年3月に協定書を取り交わすにいたった。
ちなみに、薬学部を作らないかという提案を2年前にしていたが、そのときは断られている。
■大学誘致の支援メニュー(協定書の内容)
校地校舎の20年間の無償提供。
学部学科設置の経費2分の1を補助(上限は20億円。4年間で分割して支払う)。
■議会の対応
大学問題特別委員会が開催されている。
必ずしも賛成の議員ばかりではなく、以前の大学閉鎖の失敗が尾を引いている。
■誘致される側の高鍋町からの批判
平成18年8月28日に合意発表の前、リークされてしまい、高鍋町議会が察知し、大規模な反対運動がおきた。町長や不動産屋や議長が、都城市に陳情にも来た。市民団体が、都城市役所の前で署名活動を行ったり、県内町村長会から、要望書があったりした。連日新聞をにぎわしたが、今では沈静化している。
■大学を誘致していた段階でのPRポイント
・広大な校地校舎の提供。
・公私協力(財政支援)。
・プレゼンテーションなどで、都市イメージの宣伝も図った。
・トップセールスも行ってきた。
■協定書を結ぶまでの課題
南九州大学が都城キャンパスをどのようなものにしたいと思っているかをつめた。
財政支援の割合を調整するのが一番苦労した。結果は50%50%という数字になった。
財源がはっきりしない中での交渉で、協定締結後も庁内で捻出に苦労した。
■経済効果
学生が4年生まで揃った時点での試算で、1年間22億円。
■事業実施体制
現在は、局長以下、参事(課長)、係長(副主幹)3名体制。
今年3月末までの体制、課長、補佐(主幹)、係長(副主幹)の4名体制。
以前、コンサル委託で、大学誘致基本計画を策定している。
■今後の課題
・学生を定員割れしないように確保すること(全国の4割以上の大学で定員割れを起こしている)
・学生を地域資源として捉えて、活用していく。
・地域で学校応援団を立ち上げる予定。
・大学評議員の中に、市も加えてもらう予定。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
年別
カテゴリー
ページの
先頭へ