活動日記

■「震災がれき(漁網)」の受け入れ提案について■

2012年7月27日災害対応

大楠連合町内会と黒岩知事との会談が、昨日開催されました。冒頭、黒岩知事から、これまでのご自身の言動が地元の皆さんへたいへんな迷惑をおかけしたことについて、謝罪があったということです。また、震災がれきのうち処理が進まない岩手県の漁網を埋め立てる案を提案されました。

私は、大楠連合町内会のみなさんが知事の話を聞こうと、話し合いのテーブルについていただいたことに、心からの敬意を表したいと思います。

これまでの経緯を、私なりに文章化してみました。私自身の後援会向けの広報誌で掲載予定ですが、長文になりますので紙で読みたいという方は、後援会事務局(jimukyoku@yuto.net)までご一報をいただければ郵送いたします。
★ここから 3月11日の東日本大震災以来、横須賀市も津波や帰宅困難者への避難所の設営や計画停電の対応などで、市役所が今まで直面したことのない困難を乗り越えることに、精一杯でした。 それが少し落ち着いたゴールデンウィークに、私は友人とボランティアで被災地へ行きました。そのときに受けた印象は筆舌には尽くせませんが、「震災がれき」の処理については、当然のことながら「なんとかしないと復興はない」と感じたところです。
知事が5月の定例記者会見で「埋め立てによります災害廃棄物の最終処分に協力してまいりたい」と表明されたときは、私もできれば協力したいという思いになりました。

とはいえ、その受け入れ先となる産業廃棄物の最終処分場である「かながわ環境整備センター(以下「センター」と記述します)」は、横須賀の大楠連合町内会に存在しています。そして、この大楠連合町内会こそは、これまで横須賀の、そして神奈川の廃棄物処理の負担の多くを引き受けてきた地域でした。 3箇所にわたる廃棄物の埋め立てから始まり、下水処理場の整備、今回問題となっている「センター」の建設、そして平成31年度稼動予定の三浦市との広域ゴミ処理施設のお願いもしているところです。 特に、センターの建設にあたっては、町内を二分するような反対運動があり、大楠連合町内会の皆さんにとっては、これ以上の負担を考えることは到底難しいという出発点から、考え始めなければいけない中で、私も声高に、受け入れへの旗を振ることができないでいました。

しかし、昨年末、突然に知事が、県議会の最終日に「受け入れ」を正式に表明されました。地元と私には直前に電話で、そして市役所にはその内容のFAXが届いただけで、ほかには何も明らかになっていませんでした。さらに知事はその日に行われた全国知事会でも、同様の表明をされました。

「センター」で引き受けるゴミの種類は、地元の町内会と結んでいる「協定書」で定められています。この「協定書」は、センターの建設に至るまで多くの反対運動があった中で、最後の最後、地元の町内会が受け入れる苦渋の決断をするにあたって、神奈川県と取り結んだものでした。 その協定書には「県内の産業廃棄物」のみを受け入れることと、廃棄物の種類とが明確に書かれているので、まずは県からこの協定書の扱いを含め、話が一番最初にあるべきだと私は考えていました。

ただ、話がマスコミを含め、すでに決定事項のように報じられる中で、1月15日に地元対象の説明会が開催されました。20日、30日と別途、汐入と県庁で説明会が開催されていますが、こちらは県民向けということで、その位置づけは違っていると考えていました。しかし、結果として15日に行われた説明会では、町内会の役員すら中に入れなかったり、それでも外でスピーカーから聞こうとしていたのにマイクが機能しないなど、その対応は本当にひどいものがありました。それでも、地元の方々は「知事の説明を聞こうじゃないか」という姿勢で臨んでいましたが、、、

説明会の開催の後、知事はマスコミに向かって次のような発言をしました。「普通の人なら、私の話を聞けば理解するはずだ」、「議会で先に言ったというのは(中略)反省しなければいけないなとは思っていません」など、地元の方々が話を聞くことすらできなかった状況を考えれば、こういった発言をするべきではありません。 その結果、地元の皆さんも「話を聞いてみようじゃないか」というスタンスから、「受け入れ案には反対」と決議をするまでに至ったわけです。

私としては、以上のような状況下で、地元の皆さんに寄り添うことを貫く決意をしました。ただ、地元の皆さんも、私同様、被災地の惨状に思いを馳せていない人は一人もいません。できることなら、がれきの受け入れをしてあげたいと思っている方もいらっしゃいます。しかし、県知事の言動に対する不信感や、放射能への不安感が広がっている段階で、受け入れることは不可能です。

そこで、この不信感、不安感を少しでも取り除く努力を、水面下で行ってきました。市の職員に、地元へ何度も足を運んでもらい、地元の方々が何を考えているか、どうすれば被災地のためになるか、そういったことをずっと議論してきました。県に対しても、国への働きかけや県独自の案を用意するよう、要望をしてきました。

そのような取り組みが功を奏して、ようやく地元の方も知事と会って話を聞こうという気持ちになっていただきました。また県も、県知事が謝罪をした上で、独自の案を提案してくれました。説明を今後も重ね、そして随時適切な情報提供をしていただきながら、市としても被災地のためになることを進めていきたいと思っています。

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