活動日記

■出張記:大船渡市、多賀城市に派遣している職員の激励に行ってきました■

2012年9月28日視察・出張

23日の会津祭りでの役目を終えた後、職員を一年間派遣している岩手県大船渡市へ。


(津波の爪あとと復興の事業が同居している大船渡市)

 



(震災がれきもところどころに残っていました)
ずいぶん遅い時間に到着しまして、次の日の朝8時半から戸田公明市長と面会しました。市長就任3ヶ月で、東日本大震災に被災されたということで、当初は多くのご苦労があったようですが、着々と復興は進んでいるようでした。ただ、高台移転と言われる「防災集団移転促進事業」のように、市民の合意形成や移転先の地権者との交渉など、市民の目に見えないところで着実に事業が進んでいても、「市は何もやっていない」と批判されるのはつらい、というようなことをおっしゃられていました。


(戸田市長と派遣職員と私)
その後、横須賀市の職員が働いている職場にもお邪魔して、同僚や上司の方々からも仕事の内容の報告を頂きました。「ずいぶん助けられています」との言葉を直属の上司からもらい、私も少し鼻が高くなりました。その職員も「大船渡と横須賀は地形的にも似ているところがある」と言っていたので、今回の経験は、帰ってきてからも頼りになると感じました。


(職場もヒアリングを受けました。)
その後は一路、宮城県多賀城市へ。午後一番に菊地健次郎市長にお会いすることができました。
ずらっと副市長をはじめ、担当の部長、次長、課長がお出迎えいただき、たいへん恐縮しました。大船渡と違って、すでにガレキの処理も終わり、仙台に近いという地の利も活かしながら、復興が急ピッチで進んでいる印象を強く持ちました。都市計画決定されたまま手つかずだった道路計画を、避難路として位置づけて整備を開始する手腕などは、たいへん参考になりました。


(菊池市長ほか、多くの幹部職員の皆さん)
横須賀市の職員が派遣されている課の大半は、他都市からの応援職員で構成されているということで、あらゆるリソースを使いながら復興の事業を前に進めることの困難さもあるのではないかと、静かに感じました。


(派遣職員と私。多賀城市役所で。)

 

そのまま夜は国体出場選手の壮行会に。なかなかハードな一日でしたが、横須賀から出場する選手から、元気を頂きました!

 

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