活動日記

■被災地で災害廃棄物(漁網)の視察をしてきました■

2012年11月14日視察・出張

先日、岩手県の洋野町と野田村の災害廃棄物を視察してきました。
前日は夜まで東京の公務が入っていたため、次の日の一日だけしか日程が取れないという状況でした。ですから、その日のうちにできるだけ北上して、仙台で前泊。
ホテルを6時前に出て、青森県の八戸から岩手県へ南下しました。

洋野町と野田村は、黒岩知事が災害廃棄物の新たな受け入れ案として示した「漁網」の処理が難航している自治体です。私も、様々な被災地で、その時期それぞれの災害廃棄物の処理状況を、つぶさに見てきてはいました。ただ、実際に知事から提案のあった被災地の状況を、私自身としても把握する必要があると考えて視察してきました。

 

まずは洋野町では、水上町長からご説明を伺い、現場の視察を行いました。
洋野町は、人的な被害が無かったということもあってか、災害廃棄物の処理や復旧のスピードはかなり早いものがあったそうです。しかしながら、土砂と漁網は最後の最後に残ってしまっていて、これについては打つ手が無い、という状況のようでした。神奈川県からの提案を受けて、試験的な裁断が済んでいる状況なので、なんとか受け入れていただきたいという話を町長からも直接いただきました。

漁網を置いてある現場に到着して、1600トンに及ぶ漁網のうずたかい山が、被災状況を物語っていました。そして、漁網の綱の太さに驚きました。定置網などに使う網では、網を沈めなければならず、そのために漁網の綱などに金属を編み込んでいるそうです。一般的に使うものを新調するとなると1億円くらいはかかるということで、漁師の方々もできればもう一度利用できないか試みたそうなのですが、絡まり具合からして、素人目にもそれは不可能な状況だと感じました。

野田村では、小田村長自身の家も流されたということで、被災状況の説明を具体的にお聞きしました。災害廃棄物の処理は、岩手県に委託しているということもあってか、村長からは具体的な処理方針などについて詳しく説明はありませんでしたが、それでも先行きの見えない漁網の処理については、頭を悩ましているという状況でした。岩手県の職員も同行していただきましたが、災害廃棄物のうち、コンクリートや木材などは再利用や焼却のメドがたち、金属などは売却先が決まり、土砂については盛土などに使えるかどうか検証している中で、漁網だけが岩手県内での処理がどうしてもできないということで、その窮状についてはよく理解をすることができました。また、よく心配される放射能については、福島からの距離が離れていることもあってか、ほとんどND(不検出)という検査結果を見せていただきました。

野田村でも、3600トンという漁網の仮置き場の1つを見てきましたが、こちらはホタテ貝などの養殖に使うカゴなどが漁網に複雑に絡み合っていて、場所によって打ち上げられた漁具・漁網の種類が違うこともわかりました。

いずれにしても、岩手県内では処理することができない以上、漁網は広域処理をしなければ片付かない状況にあるということはよく理解しました。そういう意味で、最後まで手つかずで残ってしまっている漁網の処理が終わらない限り、本当の意味での復興は無いと感じました。

 

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