活動日記

■市長の任期が満了しました■

2017年7月9日市役所(市民の役に立つ所)

■市長の任期が満了しました■
〜まちづくりの火は決して消えない〜

本日9日をもって、横須賀市長の任期が満了しました。
多くの皆さんに支えられての8年間でした。仕事や活動を共にすることができた皆さまに心からの感謝を申し上げます。

さて、選挙戦の振り返りから。
おかげさまで徹底した草の根選挙を戦い抜くことができました。力による強制ではなく、自発的な力によるものであることが、嬉しい事実です。1番の敗因は「名刺問題」だと感じています。私の認識不足が発端となったことは事実で、「吉田には任せられない」という有権者の判断を招いたのだと思います。投票率が下がったのは、その当然の結果です。応援してくださった皆さんには本当に申し訳なく思っています。「なぜ7年前のことが、今ごろになって」という恨み節は、原因を作った人間としては言えることではありませんので、今後も封印をしていきます。

その上で、2期8年の振り返りです。
歴史的な評価にはもう少し時間が必要だと思います。そして「できなかったこと、道半ばのポイント」を考え始めると、悔しい思い、残念な気持ちが湧き上がってきてしまいます。けれども、このような思考回路は精神衛生上もよろしくないので、あまりしないようにしています。ですので「できたこと、道筋をつけれたもの」を考えるようにしています。大きな枠組みで3つ挙げるとすると「三浦半島サミット」、「水と緑に親しめるまち」、「赤ちゃんやご高齢の方から選ばれるまち」です。個別の事業について書き始めると、ものすごく長くなってしまうので省略します。

それでは「これから」の話です。
まず、政治活動には一区切りを打ちます。市役所最後の日となる7日の朝、横須賀中央駅で6:30〜8:00の間、駅立ちを行いました。市議になる前の14年前からスタートした駅立ちも、1772日目で終了です。吉田雄人後援会は解散します。ちなみに、政治家になってから言い続けて来たことですが、県政や国政選挙への意欲はまったくありません。悪しからず。
ですので、仕事探しをします。資産を作ることなどまったくできませんでしたので、家族を守るためにも働かなければいけません。けれども勤める、起業する、顧問するなど、働き方も含めて白紙です。秋の風が吹くまでには今後の仕事を決めたいと思っています。

仕事とは別に、ボランティアで横須賀のまちづくりに関わりたいという想いがあります。現在2つほど具体的に活動していこうと思っています。一つは、児童養護施設(昔は孤児院と呼ばれていました)や少年院などを退所した若者の自立支援です。もう一つは、横須賀の自然環境の保全活用の活動です。市長として仕事をする上で「自分たちのまち横須賀は、自分たちの手で」という市民主体のまちづくりを心がけて来ました。個人としても、この考えに基づいてできることをやろうと思っています。もっと横須賀・三浦半島に必要とされることがあれば、それに応えられるように自分を高めていきたいです。

最後に、お礼とお願い、です。
あらためて市長の仕事とは、一人でできる仕事ではありませんでした。市役所の職員の意識と行動のおかげで成し得た仕事ばかりでした。既得権益や悪しきしがらみにまみれることなく、政治家としての活動ができたのは後援会やボランティアスタッフの皆さんのおかげでした。市役所の周りをぐるぐるしていた右翼が、自宅にまで来るようなことがありましたが、それでも難なくやってこれたのは強い家族の絆のおかげです。
支えてくれた、あるいは関わってくれた皆さんに、心からの感謝を申し上げます。本当に、本当にありがとうございました。

そして、横須賀のまちづくりのために灯された「火」を消さないでください、というお願いです。私は「まちづくりの主人公は市民の皆さん一人一人」と、言い続けてきました。多くの皆さんが自発的に、自分たちのまちは、自分たちの手で、作り上げていこう、変えていこうと関わり続けてくださる限り、この「火」は様々な形で広がっていくだろうと、私は確信しています。若者支援や環境保全の活動が私にできる「火」のあり方で、人によっては仕事を通じて、別の人によっては地域活動を通じて、あるいは趣味やスポーツなどを通じて、この「火」を灯し続けていただければと思います。

その先に、横須賀が真に「選ばれるまち」になると信じて。


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(写真は、7日の市役所の退庁式のものです。)

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