活動日記

■一連の報道に関する司法の処分について■

2018年10月24日速報

本日、一連の報道に関する司法の処分が出ましたのでご報告します。
略式起訴のうえ10万円の罰金ということになりました。サザエの採取による漁業法違反というのが理由です。

あらためて今回、水産資源の保全に取り組む漁業関係者の皆さまにご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。また、報道等によりお騒がせしたことにつきましても、政治や選挙から卒業したとはいえ、これまで応援してくださった皆さんには心から申し訳なく、重ねてお詫び申し上げます。

司法の処分が出たこのタイミングで、これまでの期間に感じたことを率直に記しておきたいと思います。

1、事実関係
まず、事実関係を正直にお伝えしたいです。
7月3日、通報を受けたのち警察により検挙され、友人とともにその日のうちに警察署で採取したサザエの写真や大きさを記録されました。
8月6日、警察署からの呼び出しを受け、調書を作成しました。具体的には、漁協の漁業権を侵害した点(漁業法違反)と、小さいサザエをとった点(県の海面漁業調整規則違反)です。私が知らなかったこととしては、漁業法で守られている漁業権について、私がサザエをとった油壷の横堀海岸は、二つの漁業協同組合(初声漁協、みうら漁協)に対して設定されていることを教えていただきました。また、サザエの蓋が3cm以下のサザエをとることは、水産資源の保護の観点から許されていない行為であることも教えていただきました
8月9日初声漁協へ、8月13日みうら漁協へ、それぞれ謝罪に行きました。
8月17日、警察から横須賀の検察庁に書類送検されました(これは直接連絡はなく、報道で知りました)。
9月21日、検察庁から呼び出しを受け、調書を作成しました。このとき具体的に県の海面漁業調整規則で、ドライバーと水中眼鏡をもって海に入るとことそれ自体が違反であることも知らされました。また「共謀」があったのかどうか、についても詳しく尋ねられました。二人で役割分担とか、計画を作ったりとかすることが共謀に当たるそうです。
10月15日に再度検察庁に呼ばれまして、検察庁としては漁業権違反で起訴をすることを決定した旨、教えていただきました。共謀ではなく単独の扱いとしたことと、県の海面漁業調整規則違反については起訴を見送る旨も教えていただきました。また法廷等への出席の必要がない「略式起訴」の対応で良いか、最終確認をされたのでそのままお受けしました。
10月17日に検察庁に電話で確認したところ、17日付で簡易裁判所から「略式起訴」されたことがわかりました。
10月24日、罰金が10万円であることの通知が来ました。納付書は後日送られて来るそうです。

2、私がしてしまったことへの反省
なぜ、やってしまったのか? 一言で言えば「なにも考えていなかった」からだと思います。
友人から海でサザエを獲りに行こうという誘いを受けて「なにも考えず」目の前の海に一緒に潜りました。何も考えずにとってしまった行動が、結果、多くの方々にご迷惑・ご心配をおかけしてしまいました。
このような事態を起こしてしまったのは、「自分のレベルの低さ」からだと、自分の未熟さを痛感しているところです。

3、支えてくださっている方々からの叱咤激励
あらためて「私は人に恵まれている」と感じました。
これまでの間、お付き合いのある方々から、様々な形で声をかけていただきました。たとえば「いろいろあるだろうけれど、関係性はいままでと同じだからね」、「こんな時だからこそ積極的に支援したい」、「何か協力したいので声かけてね」という大変ありがたい応援の言葉や、「自分を振り返るいい機会だと思って」、「上に枝葉を広げられない時こそ、地面深く根を張るんだよ」、「家族をこんなときにこそ大事にしなさい」、「どん底に落ちてこそ、大切な人が浮かび上がってくるよ」という含蓄のあるアドバイス、「なんでそんなことをやったの」、「正直がっかりした」という直接的な批判など、多くの方々に叱咤激励を頂戴しました。
実は、当初は声をかけていただく度に、申し訳ない気持ちにさいなまれ、どんどんと落ち込んで自暴自棄になりがちでどうしようもなかった時期がありました。しかし、今回の件を「雄人らしい」と冗談めかしてイジってくれる仲間の存在や、私のいないところで家族を励ましてくれる先輩などもいてくださり、しばらく時間はかかりましたが、やっと頂いた言葉の数々が心の栄養分になり、多くの人に支えられていることを実感できるようになりました。

4、「前市長」という肩書きについて
ご存知のように、今回の件は多く大きく報道されました。その報道にあたってはテレビ取材が自宅まで来たり、報道をみた何年も会っていない友人や遠方の知人から連絡をもらうなど、報道の威力を思い知らされましたが、一番考えさせられたのは「前市長」という肩書きについてです。
たとえば、報道前に取材を受けた神奈川新聞の記者は「前市長ではあるけれど一般市民と同じ扱いをする(実名報道はしない)」と、わざわざ電話をしてきてくれたにも関わらず、報道の前日に「デスクの編集方針ということで実名報道になった」と連絡がありました。
メディアの友人によると「前市長・元市長」で実名報道されるのは「現職時代の悪事(セクハラや収賄)」か「交通事故等で人を殺めてしまったケース」のみだそうです。けれども私の場合は「前市長」という肩書きは、政治の道に戻ることはないものの、いつまでもついてまわるものと認識しなければいけないのだと感じました。
また、やってしまったことによるペナルティは受ける覚悟は持っていたつもりですが、実名報道のパンチは予想をはるかに超え、見えない「目」に怯え、押しつぶされそうになるときもありました。もちろん身から出た錆なのですが、ただ、家族を巻き込むことになってしまったことは「後悔先に立たず」で、辛い思いがずいぶんと続きまして、自分の人生の中で、これほどまでに反省したことはありませんでした。

5、今後について

最後に今後についてです。

『こんな私だからできることは何か? そして、その行動は恩義に報いるに値するのか?』

想いは定まりました。
それは「元市長」の知見を活かして、それを求める方々と一緒に行動し、私自身が人一倍汗をかくことで、何らかの形で社会に還元していきたいという想いです。今回の反省を生かし、これまでの恩に報いるためにも、社会のために働いていきます。
とくに、どうしたってついてまわる「元市長」の経験を、「元市長」だからこそできることに昇華させ、社会に還元していこうという想いです。

これからも、よろしくお願いいたします。

ツイートツイート
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
年別
カテゴリー
ページの
先頭へ